以前、理学療法士になるには、という記事を書いたときに実習におけるパワハラについて触れました今回はそこら辺どうなのかもう少し書いてみたいと思います
理学療法士の実習は最低でも短期実習(約1ヶ月)が1回と長期実習(約2ヶ月)が2回あります。これは養成校を卒業し国家試験の受験資格を得るために必須です
学生は受け入れ先の病院へ行き、担当の指導者である理学療法士(ケースバイザー、スーパーバイザー)の下で患者の治療にあたり、その内容について指導を受け、最終的に実習毎の合否を問われることになります
前回紹介した大阪地裁の件では、
指導の中で行き過ぎた言動があったことと
学生がこなせない量、具体的には1日10時間以上の課題を課したことが
結果として学生の自殺に繋がったとの判例が出ました
インターネットでは「理学療法士の実習はキツい」とか「レポートがヤバい」などとまことしやかに囁かれていますが、そこのところどうなんでしょうか?
結論から言うと事実です
理学療法士の実習はキツいです。課題レポート提出に追われて夜は寝れません。一部にはそうではない実習先もあるかもしれませんが、それはごくごく一部でしょう
これは最近になって始まったことではなく少なくとも私が聞く限りでは20年以上前からあるようです。単純に現場の問題ではない根の深さがあるようです
実際にパワハラが起こって学生がリタイアするまでの流れを順をおって説明します
2ヶ月の長期実習の場合です
実習開始~1週間
担当する患者さんが決まり、初期評価(リハビリをするための情報収集、検査)を行う 検査の段階で引っかかる学生さんもたまにいますが毎日元気に過ごしている。担当バイザーとも会話がある。担当患者は2~3名。
1週間~2週間
3週目の頭に初期評価レポートを担当患者の分、全てを仕上げなければならない為、学生さんは徐々に焦り出す。担当バイザーが進捗状況を確認するが、「大丈夫です」で切り抜ける。実際は全然大丈夫ではなく、理学療法のキモらしい『統合と解釈』とやらが全く理解できず、時間だけが過ぎていく。
3週目~4週目
要求されたレポートが仕上がらないので、担当バイザーから怒られる。
ちなみに担当バイザーが下っ端の場合、そいつも上司から怒られる。この時点で実習先がつける学生への評価は
『最低』『あいつ使えねーな』に固定。以降、その評価が覆ることは無い
3週目開始の朝、レポートが仕上がらない時点で、実習先にこないで休む学生もいます。一見悪手に見えますが、実はこれが現在の制度では最適解と思われます レポートに遅延が出た時点で実習は地獄に変わります。リカバリは無理なので撤退して来年にかけるのも手ですね。
レポートが出来なくても即実習中止にはならないが、初期評価レポートには治療方針や具体的な方法を書かねばならず、上位指導者(おもに部長クラス)のOKも無いため、ここで実習は実質の足止めを喰らう。本来は治療の段階に入らねばならないが、いつまでもレポートの直しに追われる。
担当下っ端バイザーから説教とため息しか返ってこなくなる。
下っ端バイザーもレポートの正解など実際良く解っていないため、問題が解決することなく
学生のメンタルは衰弱していき、みるみる元気がなくなっていく。
下っ端バイザーも上司に怒られ続け現場の空気は限りなく悪くなり、会話もなく沈黙が続く。
学生がいない場所ではリハビリ部あげての学生叩きが始まります。人格全否定です。レポートを仕上げてこない奴はとにかく悪とされます
この時点で学生の睡眠時間はほとんどありません
4週目~5週目
当然の如くレポートは出来ていない。
というかやってる学生も指導している下っ端バイザーも正解が解らないので永遠に終わらない。いつまでたってもゴールにたどり着かない為、
上位指導者が業を煮やし怒声が響く。
仕方がないのでレポートの直しと併行して患者への治療が始まるが、肉体的、精神的に追いつめられているので本来の実力など発揮できない。現場での評価は最悪なので、小さなミスでも許されない。
遅くともこの時点で体調不良などを理由に実習先に来なくなります。
現場としては学生に電話をかけて
「体調不良ならば実習先である病院にきて医師による診察を受けなさい それからリハビリ室にきなさい」
と対応します
体調不良でも逃げられない、となると学生は実習先に来なくなります。連絡もありません。
ここでゲームセットです。
現場側としては「レポートの提出が無いので成績が評価出来ない。実習を理由もなく休むようでは困る」と俺は悪くないの一点張り。いただいた施設充実費や謝礼はどこへ行ったのやら。
これが理学療法士の実習の現状ですね
私の学生時代、その前、そして現在全てにおいてこのパターンです。一言で言うと「レポートで詰む」です。いや俺は私はそんなことは無かった、というそこの貴方、それは貴方が特別上手にレポートを書けただけです。出来ない子はここでひっかります。治療がー、人間関係がー、というのはレアケース、というか原因を辿るとレポートの不出来に収束します。
もう一度ハッキリ言います。ネットで言われていることはこの件については概ね真実です。
その原因がどこから来ているのか、というと現場レベルでの問題、という訳でもありません。どんな馬鹿でも昨今これだけ世間でパワハラ関連の情報が流れているので流石に「パワハラって駄目だよな」というのは解っているでしょう。その認識はあるんですよ。何が解ってないかっていうと
自分たちがやってることがパワハラって理解していないんです 現場の指導者が。
何で理解できないのかって?
自分たちも同じことをされてきたから学生にも同じ指導方法を取るんです
その指導方法しか知りませんし
正常を知らないから 異常に気づけないんです
ちなみにこのフレーズは理学療法士の偉い先生がよく言う台詞でもあります(笑)意味は全然ちがいますけどねえ
じゃあ何故、異常な指導方法しか知らないのか?
答えは簡単、勉強していないからです
理学療法士になる為のカリキュラムには 人を教える指導についての項目や、パワハラなどの問題を扱った項目はありません。一応、障害者に対しての虐待だけは習いますけど。あとは就職してからの自己研鑽になります。実習受け入れ・学生指導について明確なガイドラインや明文化されたマニュアルがある、もしくは学生指導を行う理学療法士に対して、教育についての専門的な知識や資格を修めた者から、きちんとした講習がある、といった職場がどれほどあることやら。
要は理学療法士の多くが教育そのものについて勉強不足、学生を指導できるレベルに達しておらず、その自覚もないのです。だって勉強しなくても患者も学生もその他のスタッフも「先生」って呼んでくれるから勘違いしてるんでしょう。
違います。
理学療法士は医師の診察に基づき、基本動作、ADLの獲得のために、運動による治療を施術する人です。それ以外の事に関しては、国家資格はその能力を保証してくれません。それなのに、本来出来ないことをさせているから無理が出ているだけです。誰も悪くありません。
という訳で現時点では、理学療法士の実習は、噂通りかそれ以上の超絶ブラックパワハラ地獄であることをお伝えせねばなりません。
誠に遺憾です。
現時点では、という言い方をしたのはこの問題は現在進行形で少しずつですが解決の方向に向かっているからです。簡単にまとめると、
厚生労働省は、日本理学療法士協会に対し、「 実習指導を行う者は、臨床実習指導者講習を必ず受講させるよう 」制度を整備するように働きかけました。
それに対し、日本理学療法士協会は一度「それは無理です。臨床実習指導者講習という制度ではなく、実習指導者としての資格は、ある一定の期間、例えば10年以上の経験を有する場合に限る、といった形にしてほしい」という申し入れをしました。
厚生労働省はこれを認めず、臨床実習指導者講習の制度を整備するよう再度、協会側に働きかけました。
これが昨年10月くらいの話です。
そして今年3月、日本理学療法士協会から、臨床実習指導者講習についての説明がなされました。まず各都道府県より一定の人数を中央へ集め、指導者講習を受講させた後、各都道府県に持ち帰って、その内容を基に地方ごとに講習を開催し、全体への普及を図るそうです。一日8時間×2日に渡るカリキュラムの内容も同時に発表され、やはりというかパワハラについての講義も含まれていました。
昨年の日本理学療法士協会の最初の対応は正直問題があり、メディアなどで取り上げられると、かなりの批判を受けるのではないか、と感じていました。
今回の講習会制度、大多数の指導者は、わずか2日の講習を受けた代表者からの又聞き( という言い方はいけませんが、実際そうでしょう )で内容を受け取ることになります。そもそも、元となる中央の講習ですら16時間はあまりに短いと感じます。普通、教員免許取るのには大学の教育学部の課程が必要ですし、理学療法の養成校の教員になるのだって6か月の講習がありますからね。この講習会を行うことで、先に述べた理学療法士の実習の問題は簡単には解決しないでしょう。
それは何故か?一部では、『追い込めない』ことによる実習の易化は、学生の質、つまり理学療法士の質を下げるのではないか、とする意見があるからです。学生に苦痛を与える方法でしか、一定の指導成果をあげることができない現状が問題視されていることを理解していない、と捉えられかねない、いささか危険な考えのような気がしますが。こういった意見が出てくるうちは、学生の受難は避けられないでしょうね。
この図式って最近よく取り上げられる学生スポーツの現場で体罰・パワハラ問題とほぼ同様なんですよね。
アメフトとか女子レスリングとかのあれです。
理学療法士そのものがややマイナーな存在な為か、病院での実習という、表に情報が出にくい状況で起こった事件の為か。一人の学生が亡くなっているにも関わらず。
果たして、日本理学療法士協会はこの臨床実習指導者制度をどう舵取りしていくのか、私は専門職のみならず、広く一般の方も注目していくべき案件だと考えています。